双鷺洲 (Sōroshū) — Section 10-3¶
Verbatim JA transcription of an archival/historical compendium (Edo-period cadastral & census records, temple/shrine & school history). Classical Japanese with transcription artifacts; NOT yet translated; quotes deeper primaries (三原市史, 須波村 survey docs). Native/historian review required.
p.218
昭和23年、建築された最初の校舎。
(校舎一棟、宿直室一棟)
落成祝賀「村民体育大会」
(昭和23年10月26日)
视浦中学校校含落成祝翼式 村長 宮下 清
(昭和23年10月25日)
助役 西田甚一
昭和47年中学校講堂兼体育館落成。(右上の建物)
p.219
昭和52年ブールができた。
昭和54年
鉄筋三階建て校舎に改築された。
鷥浦中学校配念碑
昭和54年
鉄筋三階建て校舎に改築された現校舎。
平成20年、浦中学校は生徒数の減少により閉校、第二中学校への通学となった
p.222
- 広島県立本郷高等学校鷺浦分校
昭和23年7月 広島県本築高等学校鷺浦分校として設置された。
開校当時は鶏浦中学校の教室を使用して授業がなされていたが、昭和27年10月校舎が落成したのでこれに移った。
教科課程は農業科および生活科の二課科で修業年限は4ヶ年。
現識教員
分校主任以下6名
実習助手2名、
事務護員1名、
校医1名
などが置かれた。
本高等学校騖浦分校校舎
昭和27年(1952)10月、本鄉高等学校鷺浦分校校含落成.鷺浦中学校仁隣接
して建てられた。
広島県立本高等学校鴛浦分校記念碑
昭和40年(1965)3月県立本高等学校浦分校は廃校となり、県立因島北高等学校園芸科となって因島に移った。
p.223
- 三原市立鷺浦小学校(幼稚園)
島内の少子化が進み、三校の幼稚園児・小学児童ともに減少した。入園児のいない年や全校児童数が20名に満たない学校 となり、平成7年3月、島内の幼稚園・小学校ともに閉園・閉 校となり、同年4月、元鷺小学校の施設を利用して、新しく鷺 浦小学校・鷺浦幼稚園が開校・開園した。
平成20年、鷺浦中学校もまた、生徒数の減少により、三原 第二中学校へ統合し閉校したことから、平成22年、鷺浦幼稚 園・小学校は、元鷺浦中学校の建物へ園・小学校が移転した。
平成26年の鷺浦小学校・幼稚園
園児数は、5名。
児童数は、1名。
幼稚園教育目標
「心豊かで仲間と共に
たくましく生きる子どもの育成」
小学校教育目標
「生き生きと学び郷土の宝となる児童の育成」
浦小学校は、平成22年、旧浦中学校校舎に移転した
p.224
鴛浦小学校校歌
作詞
西原栄穗
作曲
向井清治
一、潮騒ひびく柄瀬戸
みどりの風ふく学び舎に
生気はつらつたゆみなく
学びのみちを
ひたあゆむ
わが総浦校光あれ
ニ、夕日に映える 長浜の
みかんの花の
香る丘
心明るく友だちと
正しく強く生きていく
わが鷺浦校 望みあれ
三、高くそびえる太平の
けだかきすがた あおぎつつ
青雲の夢
輝く未来の道ひらく
わが鷺浦校栄えあれ
p.225
(1)鷺浦小学校・幼稚園の沿革
平成7年 4月6日、鷺幼稚園・須ノ上幼稚園・向田幼稚園を閉囲して、国名「三原市立鷺浦幼稚園」を開園した。
小学校も、鷺小学校・須ノ上小学校・向田小学校を閉校して、校名「三原市立鷺浦小学校」とし、元鷺小学校の施設に開校した。
平成8年
校歌・校旗ができた。
平成11年
第一回「さぎつ子祭」を開催した。
平成14年
特認校の指定を受けた。
平成16年
三原市教育推進創造ブラン推進事業の指定を受けた。
三原市複式教育研究会を開催した。
平成20-21年
総浦小学校教育研究会を開催する。
平成22年
幼稚園・小学校とも、元鷺浦中学校に校舎を移転した。
平成22年
園児用、固定遊具(ぶらんこ、雲)が新設された。
平成22-25年
鷺浦小学校教育研究会を開催する。
平成24年
多年にわたる環境影備活動により、国土交通省より表影された。
平成26年
鷺浦小学校教育研究会(ブロック公開)を開催する。