双鷺洲 (Sōroshū) — Section 9-3¶
Verbatim JA transcription of an archival/historical compendium (Edo-period cadastral & census records, temple/shrine & school history). Classical Japanese with transcription artifacts; NOT yet translated; quotes deeper primaries (三原市史, 須波村 survey docs). Native/historian review required.
昭和57年小学校校舎・幼稚園園舎竣工。
新しい鉄筋三階建ての校舎に建
除いて、宿直室・教員住宅など全て
昭和 56 年 9 月、解体直 校長住宅は、 校舎の裏側(北側 炊事場と宿直室になっていた。
平成5年(1993)、 向田小学校航空写真 (平成7年、向田小学校閉校記念誌)
昭和40年、三地域に幼児 向田八幡神社、西原弘二宮
昭和49年、三原市に移管 昭和57年、校舎が新築さ 平成7年、 向田幼稚園が 幼稚園として開設された。
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省略
省略
課題となり、
青年校長永久先生は、沈滞していた生徒の精神を作振し、頑張る根性を植え付けた。生口島、佐木島、高根島の小学校連合の中で劣位にあった向 田校を上位に押し上げ、競技に、競書に、珠算に、何れもすばらしい成績をあげるに至った。かくして生徒の意気は盛んになり、貧乏村の子といえど も自信をもって世に出ることができたのである。
永久校長は、生徒の目を学校内にとどめることなく、村の産業や村政の在り方に向けて開かせた。村のはげ山の砂防工事に生徒を関与させ、海浜 に蛤を育てさせた。上げえたわずかの収益で一六mm映写機を購入し、生徒のみならず村民の教育にも資した。生徒とともに塔の峰に登り、吹き鳴 らす 起床・消灯のラッパの音は遠く生口、高根に達した。村民は生徒とともに生きかえったのである。まさに生きた教育とはこのことであろう。 永久校長の功績はまことに大きく、これを支えた宇根原美先生の功績もまた大きい。性格形成期を両先生の下で過ごすことができたことを、 私はこの上なく幸せに思うのである。
3三原市立須ノ上小学校
明治8年(1875)、格明舎にはじまる。初代舎長 は野田氏で、そのときの校舎は、草葺の民家を改築 したものであつたと云われている。
明治12年4月須ノ上学校と改称し、のち須ノ 上小学校・須ノ上尋常小学校・須ノ上簡易小学校・ 須上尋常小学校・須ノ上国民学校と変遷して、昭和 22年4月から須ノ上小学校と呼ばれるようにな った。
島内の三校とも少子化が進み、学校・園の統合が
平成7年(1995) 三校の小学校・幼稚園が閉校・
閉園し、鷺浦小学校・幼稚園として元鷺小学校の施
設を利用して、鷺浦小学校が開校した。
松井康浩(東京弁護士会弁護士、 日本民主法律家協会代表理事、他)
昭和 62 年 上空よりの須ノ上小学校の全景
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須ノ
三原市立
平和の風のそよふけば つどい楽しく伸びていく ああのぞみあり わが学び舎
三、島山の緑のおかは むらを開きし跡たたえ 祖国の栄えを祈りつつ ああさかえあり わが学び舎
1須ノ上小学校・幼稚園の沿革
明治4年(1871)
山下精八郎、家塾を開き須ノ上の子弟を教えた。
明治8年(1875)
須ノ上学校と改称す。
上小学校と改称す。(修業年限三ヵ年)
明治12年(1879) 明治7年(1883) 明治19年(1886) 明治20年(1886) 明治24年(1891) 明治25年(1892) 明治30年(1898) 明治32年(1899) 明治35年(1902) 明治44年(1908)
補修科設置。(修業年限二ヵ年)
尋常科修業年限。(四ヵ年)
鷺に高等科併設。
補修科廃止。
六学年を置く。
明治42年(1909) 明治45年(1910) 明治44年(1911)
古き民家を買入改築して、須ノ上格明舎(小学校)ができた。
三間、六間の草ぶきの一棟の校舎と二間半と三間ある瓦葺一棟の教師の住宅が建築された。
一学級。男子 33名 女子1名が就学した。
須ノ上小学校に、校舎狭隘となり、三間、七間の瓦葺平屋一棟の校舎を新築した。
須ノ上簡易科小学と改称す。(修業年限三ヵ年)
須ノ上尋常小学校と改称す。(修業年限三ヵ年)
小学校の修業年限が六ヶ年になった。五学年を置く。二学級編成して各学年に手工科ができる。
校舎狭隘のため元校舎を建替え之に四間と五間の教場を新増築し、四間と五間の教室、一三間と四間半の教室、 一三間と二間半の職員室と別に教員住宅一棟を改築して炊事場を建設、この総費約千円。
須ノ上農業補修学校ができ、小学校に併設された。
校舎狭隘のため職員室を廃止、前後の窓を付替え二教室とし、都合三教室とす。一方を硝子窓とし且天井を張り 修繕す。此費用約壱百円。
須ノ上小学校の中校舎を建てた。
明治45年(1912) 大正2年(1913)
三学級に編成。
大正11年(1922)
豊田郡の学校で初めて須ノ上小学校にオルガンを置いた。
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